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名古屋高等裁判所 昭和60年(う)229号 判決 1985年10月17日

被告人 森吉明

昭一二・一一・二二生 クロレラ販売業

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人大池龍夫、同大池崇彦連名の控訴趣意書に記載されているとおりであるから、ここにこれを引用するが、その要旨は、原判決の量刑が罰金刑を選択しなかつた点で重過ぎて不当である、というのである。

所論にかんがみ、記録を調査して検討するに、証拠に現れた被告人の性行、経歴、前科をはじめ、本件犯行の動機、態様、罪質など、とくに、本件は、暴力団山口組系松山組内中島組風天会の副会長であつた被告人が、パチンコ店で遊技中に些細なことから憤激してパチンコ店々員の顔面を手拳で殴打するなどの暴行を加えて原判示第一のとおりの傷害を負わせ、更に、被告人を制止し、謝罪する他の店員に対して、そのこかん部を膝蹴りするなどの暴行を加えたという傷害罪および暴行罪の案件であるところ、被告人は、原判決書(累犯前科)の項記載のとおり二件の傷害罪でそれぞれ懲役刑に処せられているほか、<1>昭和三五年三月二日住居侵入罪および殺人罪で懲役一〇年に、<2>昭和四五年一二月七日殺人罪で懲役一〇年に、<3>昭和四九年四月九日傷害罪で罰金二万円にそれぞれ処せられているのに、いままた自戒することなく、些細なことから本件各犯行に及んでいること等を総合勘案すると、被告人を懲役一年の実刑に処した原判決の量刑は、まことに已むを得ないところであつて、これを相当として是認するほかなく、所論のうち、本件は偶発的な犯行であるとともに凶器を使用した事案でもないこと、原判示各被害者に対し、被告人からそれぞれ慰謝の措置が講ぜられ、原判示各被害者はいずれも被告人を宥恕していること等肯認し得る被告人のために酌むべき一切の情状を十分に斟酌しても、原判決の右量刑が、刑種の選択の点を含めて、重過ぎて不当であるとは認められない。論旨は理由がない。

ところで、職権をもつて調査すると、本件は必要的弁護事件であるところ、記録に徴すると、次の事実が認められる。被告人は、昭和五九年一二月二六日の愛知県半田市内所在の暴力団山口組系松山組内風天会事務所における山本勝に対する監禁致傷、恐喝未遂の被疑事実により、昭和六〇年三月八日通常逮捕され、続いて同月九日勾留され、同日、弁護士大池龍夫、同大池崇彦の両名を弁護人に選任し、同月一二日、右弁護人らから被告人および右弁護人らの連署の同月九日付の弁護人選任届が名古屋地方検察庁半田支部に提出されたが、右選任届は、事件名として前記勾留被疑事実に照応する「恐喝未遂、監禁致傷」と記載されていた。その後被告人は、同月二七日に前記勾留については処分保留のまま釈放されたが、被告人は即日本件各公訴事実と同一性のある同年一月六日の原判示パチンコ店における瀬野純一に対する傷害および岡田重信に対する暴行の各被疑事実により通常逮捕され、その後、右各被疑事実により勾留され同年四月一七日、本件公訴を提起された。同日、原審裁判所は、名古屋地方検察庁半田支部から前掲の弁護人選任届の送付を受け、これを受理したが、右以外の弁護人選任届は受理しなかつた。その後本件について前記大池龍夫、同大池崇彦から新たな弁護人選任届が提出されないまま、同年五月一〇日の本件に関する原審第一回公判期日には、「弁護人」として、右大池龍夫、同大池崇彦の両名が出頭し、原審裁判所は、右大池崇彦を被告人の主任弁護人に指定する等したほか、右大池崇彦が主として出頭の下に審理を遂げ、同年六月二一日の第三回公判期日には原判決が言渡されるに至り、被告人は、同年六月二八日、原判決を不服として控訴申立をし、同日、被告人および前記大池龍夫、同大池崇彦の連署があり、事件名として「傷害・暴行」と記載された当審裁判所宛の同日付弁護人選任届が原審裁判所に提出された。

以上の各事実が認められる。

しかして、右認定の事実に照らすと、前記山本勝に対する監禁致傷、恐喝未遂被疑事件と本件の傷害、暴行被告事件との間には、事実の同一性は勿論のこと、牽連犯等の特別の関係もないうえ、事件が同時にあるいは別々に起訴され、刑事訴訟規則一八条の二本文の適用を受けるに至つた場合にも該らないことが明らかであるから、右山本勝に対する監禁致傷、恐喝未遂被疑事件についての前記弁護人選任届の効力が本件公訴事実についてまで及ぶものと解することはできず、しかも本件公訴事実については新たな弁護人選任届が提出されなかつたのであるから、原審の審理にはこの点において訴訟手続上の瑕疵があるものと言わざるを得ない。

しかしながら、前記認定の本件における原審の審理経緯ならびに被告人の当審公判廷における供述と当審第一回公判期日における当審副主任弁護人大池崇彦の釈明に徴すると、被告人は原審においても本件公訴事実につき前記大池龍夫、同大池崇彦両名を自己の弁護人として選任し、右両名は、前記選任届の効力が本件公訴事実に及ぶものと理解して原審における審理に立会してきたことが明らかであるとともに、右大池龍夫、同大池崇彦の両名がいずれも名古屋弁護士会所属の弁護士であることは当裁判所に顕著であることを総合考察すると、弁護士大池龍夫、同大池崇彦の両名が現に原審における審理に立会し、被告人のために防禦しかつ弁論していることが記録上明らかな本件にあつては、前記原審における訴訟手続上の瑕疵は、これを実質的に観れば、判決に影響を及ぼすことが明らかであるとは認められないものと解するのが相当である。

よつて、本件控訴は、その理由がないことに帰着するので、刑事訴訟法三九六条に則り、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 杉田寛 石川哲男 川原誠)

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